DBS銀行のデジタルを利用した 顧客体験 への取り組み

今回も、企業のデジタルを活用した 顧客体験 の取り組みをご紹介します。今回は、アジアで圧倒的な存在感を放つシンガポール発の銀行、DBS銀行です。
世界が注目するDBS銀行のDX
DBS銀行は、アジアで広く事業を展開する大手銀行ですが、単に「大きい」だけじゃありません。 なんと、2022年には『グローバル・ファイナンス』誌で「世界最高の銀行」にも選ばれています。
その背景には、2014年から始まったデジタル変革の取り組みがあります。旗振り役となったのは、当時CEOだったピユシュ・グプタ氏。彼が目指したのは「銀行の姿を一から再定義すること」でした。
興味深いのは彼らがベンチマークとした企業群。金融業界の他行ではなくGoogle、Amazon、Netflix、Apple、LinkedIn、Facebookです。よくFAANGなどと呼ばれる企業ですが、ここに自身の「D」を入れることを目指すということで通称「GANDALF(ガンダルフ:ロード・オブ・ザ・リングに出てくる魔法使い)」と呼んでいるそうです。
つまり、DBS銀行は<銀行らしさ>にこだわらず、「テック企業のように進化する」というアプローチを強く意識しています。
銀行業務を楽しくする(Making Banking Joyful)戦略
2014年〜2020年に掲げられたDBSのビジョンは、「銀行業務を楽しくする(Making Banking Joyful)」というもの。この実現に向け、以下の3つが柱として掲げられました。
- デジタルを核とする
- 顧客中心である
- スタートアップ文化を創造する
これは、銀行組織にスピード感のあるイノベーションを根付かせ、顧客とのポジティブな感情的なつながりを創出することを目指すものでした。
部門を越えて顧客体験を考えるMtJs
DBSの中でも特に注目されているのが、「Managing Through Journeys(MtJs)」という取り組みです。これは、従来の縦割り組織から、「顧客の行動や体験を軸に業務を再構築」するという試みです。
これまで顧客が銀行とコミュニケーションするのにあたっては、裏側にある様々な部門の連携などにより時間がかかってしまったり、部門をたらい回しされてしまうこともありました(今も色々な銀行で起きていそうですが、、)。
これを解決するためにサイロ型から、各部門にまたがる多機能チーム「パフォーマンスセル(Performance Cells)」を組成し、「ローンを組む」「口座を開設する」「トラブル対応をする」などの<ジャーニー単位>で動けるようにした取り組みです。
セルには、ビジネス担当者、エンジニア、デザイナー、オペレーション、データサイエンティストなど、様々な専門職が参加しています。職種の垣根を越えて、1つの<顧客体験>にフォーカスできる体制を作っているのがポイントです。

CoE(Center of Excellence)などの取り組みで、横断的な組織を作り取り組むことは多いですが、それをよりCustomer Journeyに特化させていったのがこのMtJSの取り組みと言えるかと思います。
顧客体験 を可視化し、改善を加速する仕組み
体制と共に、MtJsの実行を支える重要な要素が、「Value Maps」と「Control Towers」です。
Value Mapsは、 顧客体験 の向上を目的に、結果を逆算して業務の重点ポイントを特定するための戦略図。どの要素が顧客満足度の向上に貢献し、どのようなビジネス成果につながるのかを明確にします。顧客体験からスタートし、それを向上させるための要因(ドライバー)を設定し、最終的に得られるビジネス成果を定義します。
また、Control Towersは、リアルタイムで顧客と業務のパフォーマンスを監視・管理するためのダッシュボード型管理システムです。Value Mapsで特定された重要な指標やドライバーを継続的に追跡・改善する役割を担い、支店、コールセンター、デジタルチャネルでの顧客インタラクションをリアルタイムで可視化します。また、チームが目標に向かって進捗しているかを示すBurn-Downチャートや、顧客がデジタルチャネルで離脱するなどネガティブな行動パターンを特定する機能も備えています。
この2つを効果的に設定しつつ、さらにはチームパフォーマンスとしてPMA(Performance Management Architecture)により評価され、顧客成果(システムの可用性、顧客満足度など)、ビジネス成果(売上や収益など)、従業員体験(新しい業務環境でのエンゲージメント)といった多角的な視点から評価されます。
ここまでやっているからこそ、横断的な組織をスタートアップのように動かせているというところはあるかもしれません。
顧客の声に耳を傾け、行動する文化
この取り組みが形だけで終わらないのもDBSらしさと言えるかもしれません。それは数字としても現れており2022年には
- 346回の顧客インタビューを実施
- 1600以上のテスト検証を実施
- 50件以上のイノベーションアイデアが実行フェーズに進行中
とのことです。その結果として顧客満足度も4.2から4.46にあがったとのことです。
テクノロジーで進化する 顧客体験
DBS銀行は、デジタルエンゲージメントを重視し、デジタル顧客数をROE(株主資本利益率)やコストインカムレシオ(収益性)といった指標と紐づけて評価しています。デジタル顧客は非デジタル顧客と比較してROEが高く、コストインカムレシオが低いことが示されています。そのデジタル戦略の中核となるのが、多岐にわたるアプリ群です。
残高照会や送金などいわゆる銀行業務ニーズに対応する「DBS digibank」、チケット予約、食事の注文などライフスタイルアプリとして提供される「DBS PayLah!」、投資家が自信を持って市場に参入し取引を行うための「DBS mtrading」などを展開しています。
さらに、AIとデータ分析を駆使した個別最適化にも積極的に取り組んでいて、下記のような取り組みも実施されているとのこと。
Next Best Nudgeプログラム:過去の取引データなどを分析し、重複支払いの可能性などをAIが予測して顧客に通知するなど、高度にパーソナライズされた情報提供を実施。
CSOアシスタント:顧客サービス担当者向けの生成AI搭載のバーチャルアシスタントが、リアルタイムの問い合わせ内容の転記、ソリューションの検索、通話後のドキュメント作成を支援。パイロット運用では通話時間を20%短縮、転記とソリューションの精度がほぼ100%に達し、CSOの満足度も高いとのこと。
リアルタイムの取引前ブロック:AIを活用し、フィッシング詐欺や不正取引の試みを検出し、対策を講じることで、顧客のセキュリティを強化を実施。
その他にも「中小企業向け信用リスク評価」などもAIを活用し実施しているようです。テクノロジーを活用しかなり色々なアプローチを実施されています。
まとめ
この他にもデジタルとリアルを融合していくフィジタル戦略(Physical+Digital)にて、支店を進化させる方向でアプローチを行っていたりもします。この辺り、さらに詳細に知りたい方はぜひお問い合わせ頂ければと思います。
顧客体験 の進化は、テクノロジーの導入だけでは完結しません。DBS銀行のように、組織構造や評価制度、行動観察にまで踏み込んだ包括的な設計があってこそ、本質的な変化が生まれます。
DBS銀行のアプローチを見ていると、 顧客体験 を提供する本質は組織にあるということを改めて感じます。自社のCXを見直す際にも、「どのように届け、どう感じてもらいたいか」という視点から逆算し、それをどう実現していくかを考えていくことが大切ですね。