ロボット3原則からみた視点による解釈の違い。

今日の朝、なんとなくPCを触りながら音と目が寂しかったので、iRobotなぞをテレビで流していたわけですが、久しぶりにロボット3原則なんかに再会したわけですよ。

ロボット3原則とはiRobotの原作を書いたアイザックアシモフの小説からまとめられたもので、もちろんiRobotの原作でも出てくるもので、下記のようなものだったりします。

  1. A robot may not injure a human, or allow a human to be injured.
  2. A robot must follow any order given by a human that doesn’t conflict with the First Law.
  3. A robot must protect itself unless that would conflict with the First or Second Laws.
  1. ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
  2. ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
  3. ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。

これをもとにロボットは設計されるべきであり、行動すべきであるというものなんですよね。これって一見完璧のように見えるんだけど、実はそうではないというのがこのお話。

ここでは先に進めなくなるので、内容に触れてしまいますが、ロボットの拡大解釈によって「人類全体をより繁栄させるために」ロボット支配を始めようとするわけですよ。

先ほどの3原則を読んだほとんどの方は、人とロボットの関係において考えるわけで、その範囲は人類という範囲にはほとんどの方はならないと思います。

以前に書いたエントリーで、視点を相手の立場にたって…みたいな事を書きましたが、これはスケールを変えて考えていた場合に起きる衝突なんですよね。

「どのスケールでものを見ているのか?」

何か意見の相違があるなと思ったら、そういうところを考えてみると意外な解決策が見えてくるかもしれないよ。というお話でした。