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[29 11月 2007 | TwitterとTumblrとブログと[3] はコメントを受け付けていません | ]

ミニブログの Twitter と Tumblr にはソーシャル性の高い機能が搭載されています。しかもとても緩い。今回は、このソーシャル性によって何が起きているのかを考えてみました。
昔は良かった
戦後まもなくの日本では近所の関係は今よりも強かったそうです。これは単純に仲が良かったということもあるかもしれませんが、それよりも情報共有という部分が強かったと聞きます。
それこそメディアというのが今ほど普及していない時代です。電波塔である東京タワーだってまだ建ったばかりか、もしくは建設中だったり。
現在では、地球の裏側の事件でさえお茶の間で知ることが出来ますが、そのころではまだまだの状態だったと聞きます。
何の本だったか忘れてしまったのですが、とある本には「生きるために情報が必要で、そのためにコミュニティを強固なものにした」的なことが書かれていました。確かにそうなのかもしれませんね。
さて、この情報共有のためのコミュニティ参加が、ソーシャル性と結びついてくるんだと思います。つまり、 Twitter も Tumblr もソーシャル性を持たせることで、なんとなくの横の繋がりで情報共有をしているんだと思います。
Twitterの情報共有
このシリーズの1回目のエントリー(TwitterとTumblrとブログと[1])で Twitter と Tumblr の違いについて書きましたが、ソーシャルの部分を取り入れた時に、この2つは領域の違いによって少し変わってくるのかなぁと思ってます。
Twitter の場合、そのネタの多くはリアル寄りであると書きましたが、ソーシャル性を持たせることによって、相手の状況の空気感といったものを知ることができます。
ちょうど井戸端会議みたいな感じでしょうか。同じ場所にはいるんだけど、全員とは話をしていないし、場合によっては自分だけの場合もある、そんなイメージです。
これをリアルの状況をネットの持ち込み、同じようにソーシャル性を持たせることで、地域性がなくなって新たなネットの繋がりができあがったように感じています。なんというか地理に関係のない地域性みたいなものがあるように感じます。
Tumblrの情報共有
そして Tumblr ですが、こちらはネットの情報が主な軸になります。これとソーシャル性が結びつくことで、この情報面で変化があると思っています。
昔の日本の地域コミュニティの場合、情報を得るためのものだったと思うんですが、ネットはそもそも情報量が多い。その中で、他人が面白いと思ったものを自分のスクラップブックに取り込んでいく。つまり Reblog することで、溢れかえった情報量をフィルタリングしているんじゃないかと思うんです。
Frickr で良さそうな写真を探すのは面倒だったりすることもあるんですが、それを Tumblr でつながっている人が POST している中から選ぶのであれば、最初の選択しの数を減らすことができます。もし、趣味があわなかったら別の人を Follow すればいい。
なんかそんな感じで情報がフィルタリングされているんだと思います。
ちなみにブログでも VOX などではソーシャル性を持っているのですが、どちらかと言えばポストする側の情報のコントロールに近い形で利用されている気がします。この辺りが Tumblr と VOX の違い。
緩いソーシャル性
mixi などの SNS は承認などがあってすごく堅い繋がりを維持しているんだと思います。これは SNS にはある程度必要かもしれないなぁと思うところでもあります。
これらの SNS に対してみると Twitter や Tumblr は非常に緩い繋がりなんですよね。でもこれがいい。なんで良いかというと、すぐに入れ替えができるから。そして知らない人ともつながりやすい。
ソーシャルでつながっているとどうしても、そのつながっている人たちでコミュニティの方向性が出てきてしまうんですよね。それはしょうがないと思うんです。
しかし、ミニブログ、特に Tumblr ぐらい緩いものだと非常に良い形で現れてくる。それはコミュニティの方向性が個人で拡散が出来ることだと思うんです。自分のさじ加減で、身内だけにする事も出来れば、全然別の人を取り込んでしまうことが出来る。その中で情報がフィルタリングされてくる。これが面白い。
知らない人でもTumblrの趣味がなんとなく合えばFollowしてしまう。そんな緩いソーシャル性が、情報をなんとなくコントロールできる緩さを生んでいるだと思います。
まとめ
ということでミニブログのソーシャル性にフォーカスして考えてみました。なんかこれ以上考えると、そもそもソーシャル性ってなによとか、SNS について触れていかないいけない気もするので、この辺で終わりにしておきます。
長々と読んでいただきありがとうございました。

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[16 3月 2006 | ブログは新聞を殺すのか はコメントを受け付けていません | ]

…タイトルは現在売られているNesweek誌のメイン記事のタイトルです。とりあえずこの記事が目に入った瞬間買ってしまいました。ブログ主体というよりも新聞主体で書かれている記事です。読んでいると色々考えさせられる記事もありました。
この記事によると、現在アメリカのの大手新聞会社もブログの影響によって、自分たちのスタイルを変えていくという方向転換の時期にたたされているとのこと。そして、各社はブログと共存の道を選ぶのか、まったく別の道を選ぶのか。

さて、こっからは自分の意見を書きます。
NewsWeekの記事ですが見出しは「ブログは新聞を殺すのか」で書かれています。…が実際には「インターネットが新聞に及ぼす影響」と「ブログが新聞に及ぼす影響」についてが書かれています。本来ならばここについては別として捉えなければならないと思うので、それぞれについて書いてみたいと思います。
インターネットが新聞に及ぼす影響
インターネットが新聞に及ぼす影響を考えた場合は、かなり大きい気がしています。実際に自分もニュースについてはネットでなんとかなってしまうので、新聞はとっていません。たまに実家に帰って新聞を読んだりすると、少し記事の内容が遅い気がするときもあります。
新聞が今まで特にビジネスマンを中心に紙面構成されているものが多いこと、また、インターネットリテラシーの高い層がこれからビジネスの中心になってくることを考えるとここ10年以内の間にニュースの取得もとは「紙」から「インターネット」に変わるのは必然のような気もします。
ただし、「紙」での提供が無くなるというだけで、ニュースの需要そのものが無くなるわけではないと思いますので、この辺りで新聞社は自分たちのビジネス構造を変化させていくことを迫られてくるのではないかと思っています。
ブログが新聞に及ぼす影響
ブログ自身は新聞の代替になれるかというと、それは無理かなと思っています。取材力や地域到達率などの面においては、ブログよりあいかわらず新聞やテレビなどのメディアの方がリーチが大きいと思います。ただ、全ての部分において新聞の方がブログより優秀であるわけでもない気がします。実際に、新聞は取材や印刷といった色々なプロセスを踏むことで、情報伝達速度が落ちている気がします。(正確にはブログが早いというのかもしれませんが)
ブログはトラックバックを利用して、集合としての力をはっきすることができます。これは一種の共鳴効果みたいな部分もあり、その共鳴の速さはリアルでは体験できないほど早いもののような気がします。発言自身がWEB上に残っていることやインターネットという24時間いつでも参照できるという環境によって参照率が非常に高くなっていることなどがあげられるかと思います。つまり、全体的に新聞の読む側の「声が大きくなる」という効果がブログなどを通じて生まれてきているのだとおもいます。
ブログが新聞に及ぼす影響はこの部分だと思っています。読む側の「声が大きくなる」ことで、発信する側は今まで以上に色々と気をつけて行く必要があることになるかと思います。例えば、テレビや新聞などのメディアでは都合上触れなかったことや取材が浅かったことなど、今まではあまり取り上げられる部分ではなかったことが、「声が大きく」なったことで、注目を受けやすくなります。例えば、先般の永田議員のメール問題などは、メールの信憑性自身の言及についてはブログを中心としてインターネット方が早かったように私は感じています。
ただし、必ずしもブログが全ての意見ではないということも同時に認識しなければならない問題だとも思っています。インターネットという特性上、いくらブログを開設している人間がたくさんいるとはいえ、やはり地域格差が生まれてしまっていることもあると思います。インターネットの普及というよりも、インターネットを活用するための風土が育っているか育っていないかという感じかもしれません。
よって、ブログが新聞に及ぼす影響は「声が大きくなる」という部分が大きいことで、ジャーナリズムとしてブログが成り立つかどうかではない気がしています。
メディアとブログの共存
さて、今までつらつら書いてしまいましたが、ブログはメディアを潰すものではないと思っています。ただし、前述したとおり、今後10年でニュースなど情報の取得方法の構造変化は大きく変わってくるものと考えられます。これは既に「Google News」や「RSS」など色々なツールが既に出始めているところでも認識して頂けると思います。
そして、メディアはこれらの情報取得の構造変化が起きはじめていることを認識し、自らを変革していくことができれば新聞やテレビも十分に共存していくことができると思っています。
ん~あんまりまとまりませんでしたが。とりあえずNewsweekの所感として。